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2014年セルビア共和国議会選挙

 2014年3月16日,セルビアでは議会選挙,ベオグラド市長選挙,ベオグラド市議会選挙などが同時に行われ,即日開票されました.議会選挙では,セルビア進歩党を中心とする選挙リスト「アレクサンダル・ヴチチ――われわれの信じる未来」がセルビア憲政史上初とも言われる大差で圧勝しました.わたしは現代セルビア政治については殆ど情報を蒐集しておらず,完全な門外漢なのですが,議会選について選管のホームページなどで得られる情報を以下に纏めてみました.何かの参考になれば幸いです.

 セルビア議会は一院制で,定数250名,任期は4年です.全国一区の拘束名簿式比例代表制(ドント式)を採用し,5%の阻止条項を持ちますが,この阻止条項は少数民族政党と選管に認められた政党には適用されません[久保 2010: 18-19].今回もその適用除外によって,マジャル人(ハンガリー人)やボシュニャク人の政党が議席を得ました.

 最終的な結果は次の通りです[24 sata, 18. mart 2014: 5].

選挙リスト「アレクサンダル・ヴチチ――われわれの信じる未来」……158議席(得票率48.34%)
選挙リスト「イヴィツァ・ダチチ」……44議席(得票率13.51%)
選挙リスト「民主党とともに,民主的なセルビアへ」……19議席(得票率6.04%)
選挙リスト「ボリス・タディチ」……18議席(得票率5.71%)
ヴォイヴォディナ・マジャル人同盟……6議席(得票率2.11%)
サンヂャク民主行動党……3議席(得票率0.95%)
民主活動党……2議席(得票率0.68%)

また,以下の政党・リストが議席を得られませんでした.

セルビア民主党(得票率4.24%)
ドゥヴェリ(得票率3.57%)
選挙リスト「チェドミル・ヨヴァノヴィチ」(得票率3.35%)
セルビア地方連合(得票率3.04%)
セルビア急進党(得票率2.00%)
「もうたくさんだ」(得票率2.08%)
「第三のセルビア――すべての勤勉な人びとのために」(得票率0.46%)
モンテネグロ人党(得票率0.18%)
ロシア人党(得票率0.18%)
市民グループ―愛国戦線(得票率0.13%)
エミル・エルフィチ国民団結リスト(得票率0.11%)
全民族および少数民族の市民連合(得票率0.09%)

 わたしが名簿を入手することのできたリストのうち,「アレクサンダル・ヴチチ」,「ボリス・タディチ」,ヴォイヴォディナ・マジャル人同盟,ドヴェリ,「チェドミル・ヨヴァノヴィチ」,セルビア急進党が定数と同数の250名を擁立しました.セルビア地方連合は246名,「第三のセルビア」は165名,サンヂャク民主行動党は32名を,それぞれ擁立しています.

 選挙リストの内訳は次の通りです.

 リスト「アレクサンダル・ヴチチ――われわれの信じる未来(Aleksandar Vučić – Budućnost u koju verujemo)」には,セルビア進歩党(Srpska napredna stranka.極右のセルビア急進党から分裂し結成),セルビア社会民主党(Socijaldemokratska partija Srbije),新セルビア(Nova Srbija),セルビア再生運動(Srpski pokret obnove),社会主義者運動(Pokret socijalista)が含まれます.名簿第一位はアレクサンダル・ヴチチ(Aleksandar Vučić,1970年生まれ)で,彼が次期首相に就任するのは確実です.

 リスト「イヴィツァ・ダチチ(Ivica Dačić)」には,セルビア社会党(Socijalistička partija Srbije.旧共産主義者同盟),セルビア連合年金生活者党(Partija ujedinjenih penzionera Srbije),統一セルビア(Jedinstvena Srbija)が含まれます.名簿第一位は現職首相のイヴィツァ・ダチチ(Ivica Dačić,1966年生まれ).ダチチは,第一党である進歩党が多数派形成のために連立を組んだ結果として首相ポストを得ていたのですが,今回の選挙で進歩党が圧勝したためにその必要もなくなりました.

 リスト「民主党とともに,民主的なセルビアへ」は,民主党(Demokratska stranka)による単独リストです.非常に紛らわしいのですが,セルビアには「民主党」,タディチ前大統領の率いる「新民主党」,コシュトゥニツァ元首相(ミロシェヴィチ政権を崩壊に追いやった中心人物)の率いる「セルビア民主党」という3つの別々の政党が存在します.これは無印の民主党のリストで,名簿第一位はドラガン・ジラス(Dragan Đilas,1967年生まれ).アレクサではありません.

 リスト「ボリス・タディチ」には,新民主党緑の党(Nova demokratska stranka – Zeleni),LSV―ネナド・チャナク(LSV – Nenad Čanak),セルビアのための団結(Zajedno za Srbiju),VMDK,ロマ民主左派(Demokratska levica Roma),ヴォイヴォディナのための団結(Zajedno za Vojvodinu)が含まれます.リストにその名が冠されている前大統領ボリス・タディチは名簿に含まれておらず,ミオドラグ・ラキチ(Miodrag Rakić,1977年生まれ)が名簿第一位.名簿第三位にはルシン語・ルシン文学教授のオレナ・パプガ(Olena Papuga,1964年生まれ)が名を連ねています.

 ヴォイヴォディナ・マジャル人同盟(洪:Vajdasági Magyar Szövetség;塞:Savez Vojvođanskih Mađara)はリストに党首パーストル・イシュトヴァーン(洪:Pásztor István;塞:Ištvan Pastor)の名を冠して戦ったのですが,名簿第一位はパーストル・バーリント(塞:Balint Pastor)です.ボシュニャク人政党であるサンヂャク民主行動党の名簿第一位はスレイマン・ウグリャニン(Sulejman Ugljanin,1953年生まれ).民主活動党の名簿は入手が叶いませんでしたが,おそらく名簿第一位はリザ・ハリミ(塞:Riza Halimi)だと思われます.この政党はアルバニア人政党です.

 セルビア民主党(Demokratska stranka Srbije)の名簿第一位は,ユーゴスラヴィア連邦共和国大統領やセルビア首相を歴任したヴォイスラヴ・コシュトゥニツァ(Vojislav Koštunica,1944年生まれ).ドゥヴェリ(Dveri.「門」の意)の名簿第一位はボシュコ・オブラドヴィチ(Boško Obradović,1976年生まれ).「チェドミル・ヨヴァノヴィチ」は自由民主党(Liberalno demokratska partija)を中心とした選挙リストで,名簿第一位はチェドミル・ヨヴァノヴィチ(Čedomir Jovanović,1971年生まれ).セルビア地方連合(Ujedinjeni regioni Srbije)の名簿第一位はムラジャン・ディンキチ(Mlađan Dinkić,1964年生まれ).セルビア急進党(Srpska radikalna stranka)の名簿第一位はヴォイスラヴ・シェシェリ(Vojislav Šešelj,1954年生まれ)ですが,彼は現在戦争犯罪人としてハーグで裁判中です.第二位はネマニャ・シャロヴィチ(Nemanja Šarović,1974年生まれ).「第三のセルビア(Treća Srbija)」の名簿第一位は藝術家のアレクサンダル・プロティチ(Aleksandar Protić,1978年生まれ).

 今回の選挙については,セルビア民主党を筆頭に5%のハードルを僅差で越えられなかった政党が複数存在したことによって,実際の得票率よりも多い議席をヴチチが得た,と言えるでしょう.進歩党はベオグラド市議会選でも110議席中65議席と圧勝していますが[Политика, 17. март 2014: 7],ヴチチは「わが党にはユーフォリアはない」[Исто.: 6]と言っています.今後の情勢に注目です.わたしは選挙研究には詳しくないのですが,東欧諸国での小選挙区制が二大政党制よりもむしろ多党制をもたらしてきたという研究成果[中井 2009: 97-98]と比較してみると,この結果は非常に興味深いのではないかと思います.リトアニアの事例では比例区によって政党数が絞られているのに小選挙区制によって多党制になっているらしいので,いわゆる「小選挙区制で政党数が絞られ,比例代表で多党制になる」という俗論の根拠のなさをまざまざと浮き彫りにする選挙といえるでしょう(理論的には,何を今更,という話ではあるのですが).

 ちなみに,泡沫政党として名を連ねている中で異彩を放っているのが「ロシア人党(Ruska stranka)」.共和国広場で各政党のブースが立ち並んで活発な選挙運動を繰り広げている中,その党名のインパクトから目に留まりました.最初はてっきり少数民族として暮らしているロシア人の政党かと思ってロシア語で「あなたたちはロシア人?」と話しかけたのですが,返ってきた答えはセルビア語.なんと(おそらくは)生粋のセルビア人の政党でした.「あなたたちはロシア人なの? それともセルビア人?」と聞いたら,「俺たちはセルビア人でロシア人だよ.同じ正教のナロード(民族,人民)だからな!」.しまいには「お前は中国人か? なんだ,日本人か.でも,中国人も日本人も同じナロードだろう!」と言い始める始末で,その発想はなかったので非常に斬新でした.彼らが0.2%獲れたというのは地味にすごいことなのかもしれません.ちなみに選挙用のビラには「ロシアとの経済・軍事同盟を!」「NATOに否!」「欧州連合に否!」と書かれています.

 極右の急進党も「自由なセルビアを!」「シェシェリに自由を!」と並んで,「コソヴォもロシアも!」というスローガンを掲げています.ロシアの極右のあいだでは,コソヴォ独立プロセスに断固たる反対姿勢を貫いたロシアへの親近感が急激に醸成されているようで,急進党の選挙運動員のくれた機関誌『大セルビア(Velika Srbija)』にも,コソヴォとロシアを併置してどちらもセルビアにとって不可欠なものであるとするレトリックが見出せます[Велика Србија, број 3564, 2014: 33].また,セルビア人と話していて,「ゲイ・パレードもコソヴォも,西欧がわれわれに押しつけたものだ」という言葉を耳にしたことがあります.このような,コソヴォと親ロシアとゲイ・パレードへの反対を結びつける論理があるのだと思いますが,きちんとした研究をしているわけではないので,ここでは実体験から示唆をするだけに留めておきます.

参考文献

Велика Србија
Политика
24 sata

久保慶一.2010.「セルビア政党・選挙データ」『ポスト社会主義諸国政党・選挙ハンドブックIII』京都:京都大学地域研究統合情報センター:17-37.
中井遼.2009.「断片化するリトアニア政党システム――定量的特徴と小選挙区比例代表並立制の影響」『ロシア・東欧研究』38: 89-103.
eizbori(http://eizbori.com/
セルビア共和国選挙管理委員会公式ホームページ(http://www.rik.parlament.gov.rs/